私のファシリテーションの基礎は、ドラムサークルという非言語体験型・全員参加型の即興音楽ワークショップで学んだものです。その活動では、たくさんの障がい者施設や高齢者施設、幼稚園〜大学の教育機関など、さまざまなところに伺う機会がありました。
もともと福祉や教育に携わっていたわけではなかったので、そこではじつに様々な発見がありました。
ドラムサークルで個人的に意識していたのは、「できないことではなく、できることにフォーカスする」ということでした。私たちは日頃から「問題解決」という概念に振り回されています。「問題解決」するには「問題の発見」が欠かせません。「足りていないこと」「できていないこと」も、似たような視点でみつけようとします。それにより、常に問題に目を向ける習慣がついてしまっているのではないでしょうか。
まして、福祉・教育分野では、「ケアする人(生徒、高齢者、障がい者等)」と「ケアされる人(教員、職員等)」という「立場」がはっきりしており、「ケアされる人の問題点をどうにかすること」に、特に当時はフォーカスが当てられていました。
ですがドラムサークルでは、「誰もがその場に貢献する能力がある」ことから出発します。
この発想は、その後に学ぶことになったAppreciative Inquiryの「ポジティブアプローチ」(すでにある強みから創発する)にも通じます。

そうしたことを学ばせていただいたエピソードを、いくつかご紹介します。
その1: 知的障がい者の例
あるフェスティバルでドラムサークルを行っていたところ、少し離れたところで知的障がいのある男性が、嬉しそうに見ていました。私は小さなマラカスを持ってその人のところに行きました。「傍観者はいない・全員参加」「何もしていないように”見えて”も、それも参加とみなす」をモットーとしていたので、その方と一緒にいたご両親らしきお二人用の楽器も持って行きました。すると、親御さんが息子さんの前に立ちはだかって、「この子は何もできませんから!」と拒絶するのです。
その家族は長い間、「ご迷惑をかけてはいけない」「問題を起こしてはいけない」と、針のむしろに座るような人生を送ってきたのでしょう。そう思いつつも「そんなことありません。誰でもできることがありますから、全然問題ありませんよ」と楽器を渡そうとしましたが、結局受け取ってはもらえませんでした。
その2: 知的障がい児の例
その時は、30名ほどの子ども達のグループにお招きを受けました。知的障がい児・者は音に敏感で大きな音が苦手な場合が少なくありません。また、時間内椅子に座っていられない方や、大声を出しながら部屋の隅から隅までを行ったり来たりする方もいます。そういう場合も「そういう参加の仕方なのだな」と、いつも思っていました。
2人の小学校3年生くらいの男児が、最初から窓際に立って、外を見ていました。やはり私は「そういう参加の仕方」ということで、自由にしてもらっていました。20分ほど経った時、2人は突然、何重かに丸く並べた椅子の一列目に座って、大きな楽器を素晴らしいリズムを叩き始め、全体を見事にリードしていきました。
その時私は、「何もしていなかったのではなく、”準備”をしていたんだ。人にはそれぞれ、タイミングがあったんだ」と、「何もしていなかった」と決めつけていた自分を猛省しました。その小さな2人には、とても大切なことを学ばせてもらったと思っています。
その3: 高齢者施設の例
その施設は、1Fデイケア、2F身体障がい(歩行障がいや片麻痺など)、3F知的障がい(認知症など)に分かれていました。どのフロアにも看護師さんと介護士さんがいて、そうしたいわばスタッフは「あれは高齢者がやるもの」と、参加しようとする人は1人もいませんでした。「私は関係ない」「患者ではない」という意識が強かったのでしょう。
それで私は毎回、「みんなで一緒にやりましょう! この時間を担当しているのは私ですし、どんな方も一緒にできるのがドラムサークルです。全員参加! もちろん、誰かがトイレに行きたくなったとか、体調が悪くなった時には、お声かけしますし、私は福祉・医療の専門家ではありませんから、車椅子も押しません。そんな時には、よろしくお願いします」と言い続けた結果、少しずつ参加して楽しんでくださるようになりました。
ダイバーシティという言葉が普及してきましたが、それは人の間のダイバーシティだけでなく、1人の人の中のダイバーシティも含むべきだと思っています。むしろ、看護師さんがいつもの「ケアする人/専門家」のアイデンティティーから降りて、利用者さんと平らな立場で楽しむ時間を持った方が、心理的安全性や相互信頼も高まり、「ここにいる仲間」としての意識も芽生えるでしょう。
こうした経験から学んだことは、組織に関しても非常に似たようなことが言えると思います。「できることに目を向ける」、つまり、「Yes, and…」の意識は、真の意味でのコミュニケーションを促し、エネルギーのあるイキイキとした人の集団を作る一つの方法ではないでしょうか。
参考:『いったん受け止める習慣 Yes, andで切り開くコミュニケーションの極意』中島 崇学著、フォレスト出版



コメント