知的障害のある子どもたちや大人の方と関わる中で、私は多くのことを学ばせていただきました。特に印象的だったのは、「反応の仕方は人それぞれ違う」という当たり前でありながら、とても深い気づきです。
ある日、子どもたちのワークショップを行っていた時のことです。参加者の中に、小学校低学年くらいの男の子が2人いました。
活動が始まってしばらくすると、その2人は窓のところに行き、外を眺め始めました。普通であれば、「集中していない」「参加していない」と判断してしまう場面です。
でも私は、「それぞれの参加の仕方がある」と考え、特に声をかけずに見守ることにしました。「そういう参加の仕方なんだろう」そんなふうに思っていたのです。
それから20分ほど経った頃でした。
突然、その2人が活動の輪の中に入ってきました。しかも、ただ参加しただけではありません。場の流れをつかみ、リズムを読み、驚くほど自然に、そして最高の形で全体に貢献し始めたのです。
私はその瞬間、心の中で猛省しました。
「あの2人は“参加していなかった”のではない。“準備していた”んだ。」
外を見ていた時間は、彼らにとって必要な時間だったのです。場を感じ取り、自分のタイミングを待ち、参加する準備をしていた。
人には、それぞれのタイミングがあります。すぐに動ける人もいれば、少し距離を取ってから入る人もいる。静かに観察してから参加する人もいる。
けれど私たちは、つい「今この瞬間」の行動だけを見て、評価したり、判断したりしてしまいます。しかし、それはあくまで、こちら側の「フィルター」を通した結論に過ぎません。
あの時あの小さな男の子二人は、私に大切なことを教えてくれました。
無意識に持っている「フィルター」つまり「決めつけ」に気がつくことは簡単ではありませんが、まずは「自分はフィルターを通して見ている・見ているかもしれない」という前提に立って考える余地はありそうです。
この出来事は、福祉に限らず、社会や組織の中でも、「常に起こっているかもしれないこと」を思い起こさせてくれる、大切なエピソードの一つとなりました。



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