
— 「言葉にならないもの」と向き合い続けた先に —
私は長年、「身体を通して人や組織が変わる瞬間」に強い関心を持ってきました。
打楽器を使ったワークショップ(ドラムサークル)、自然の中での学び、そしてthe BOXエクスペリエンスなど、頭だけではなく身体感覚を使う場づくりに取り組む中で、「確かにここには何かがある」と感じ続けてきました。
けれど同時に、ずっと悩んでいたことがあります。
それは、「自分が知っていることを、うまく言語化できない」ということでした。
場の空気が変わる瞬間。
対話が深まる感覚。
人が本来の力を取り戻していくプロセス。
そうしたものは、確かに存在するのに、説明しようとすると途端にこぼれ落ちてしまう。
「経験すると分かるけれど、言葉では伝えきれない」。そんなもどかしさを、私はずっと抱えていました。
そして、これは個人の問題ではなく、多くの組織や社会にも起きていることなのではないか、と気づきました。
たとえば、熟練者の“勘”や“コツ”。
No.1営業マンの技術。
場を読む力、人との間合い、空気感。
こうしたものは、マニュアル化しづらいために「属人化」しやすく、手渡すことが難しい。
だからこそ今、多くの企業で「暗黙知の標準化(形式知化)」が課題になっています。
経営学者の 野中郁次郎 が提唱した「SECIモデル」では、個人の暗黙知を対話や実践を通じて形式知化し、共有・循環させていくことの重要性が語られています。私はさらにそこに「身体」の視点が必要だと感じています。
人は頭だけで学んでいるのではなく、身体全体で世界を理解している。
だからこそ、身体感覚を伴った知は、単なる情報共有では継承されません。
実際に体験し、感じ、場を共にすることでしか受け渡されない知がある。
そんな問題意識から、この半年ほどかけて、身体を使った活動を実践しながら、なおかつ言語化にも長けている人たちに声をかけ、小さなコミュニティをつくってきました。
身体性と知性。
感覚と言語。
実践と理論。
その間を行き来しながら、「言葉にならない知」をどう社会に開いていけるのかを探究してきました。
今回開催する「身体知・暗黙知フォーラム」は、その探究の現在地です。
これは単なるイベントではなく、「人が人として学ぶとは何か」「組織における本当の継承とは何か」を問い直す場でもあります。
効率や正解だけではたどり着けない、人間の深い知性へ。
そんな探究を、皆さんと共に始められたらと思っています。



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