組織開発やファシリテーションの現場でよく耳にする言葉に「心理的安全性」があります。しかし、日々の対話の中で「何か物足りない」「本質的な議論を避けている気がする」「優しいだけでは ・・・」と感じたことはないでしょうか。
今回は、U理論の実践家であるアダム・カヘンが提唱する「対話の4つのフェーズ(会話のモード)」を補助線にしながら、私たちが陥りがちな罠と、本当に目指すべき「関係性の3つのPHASE」について紐解いてみたいと思います。
集団のコミュニケーションが深まるプロセスを、グラデーションのように重なる「3つの円」のイメージで考えてみました。
1. アダム・カヘンが紐解く「対話の4つのフェーズ」
まず、アダム・カヘンによる「会話の4つのモード」をおさらいします。彼は、集団の対話は以下の4つの段階を経て深まっていくと説きました。
- 丁寧な会話(Downloading): 表面的な調和を保ち、前例に沿った無難な発言をする段階。「殻にこもる」状態。
- 討論(Debate): 意見の対立が表面化し、データや事実を武器に「相手を論破しよう」とする段階。「ぶつかり合う」状態。
- 内省的な対話(Reflective Dialogue): 視点が自分に向き、「なぜ自分や相手はそう考えるのか」という前提を疑う段階。「自分を省みる」状態。
- 生成的な対話(Generative Dialogue): エゴや防衛心が消え、全体(システム)の可能性に向けて新しい未来が自然と湧き出る段階。「共に創り出す」状態。
このモデルは非常に明快ですが、実際の組織の現場に当てはめようとすると、私たちはある「心地よい停滞」に足をとられてしまうことがあります。それを独自の「関係性の3つのPHASE」として整理してみました。
2. 関係性の3つのPHASE:私たちはどこで立ち止まっているか
アダム・カヘンの会話モードと、組織の「関係性の質」を重ね合わせると、組織が成長するプロセスは次の3つのPHASE(フェーズ)に分けることができます。
PHASE 1:恐れと命令に満ちた関係性(本音は交わされない)
従来の古い体質の組織に多い状態です。ここには信頼関係がなく、トップダウンの命令と「失敗や反論への恐れ」が支配しています。
- カヘンのモデルで言うと… おびえながら波風を立てないようにする、最も閉じたレベルの「丁寧な会話(Downloading)」です。本音を交わすなど到底できません。
PHASE 2:「心理的安全性」を重視するあまり、優しいだけの関係性
多くの現代組織が今、ここで足踏みをしています。「心理的安全性」を大切にしようとするあまり、お互いに傷つけ合わないこと、波風を立てないこと(アサーティブではない、過剰な配慮)が目的化してしまっている状態です。一見、仲が良く居心地はいいのですが、どこか馴れ合いの空気や、遠慮が漂います。
- カヘンのモデルで言うと… ここも実は「丁寧な会話(Downloading)」のバリエーションです。対立や衝突を恐れるあまり、ステップ2の「討論(Debate)」にすら踏み込めず、上澄みの優しさだけで繋がっている状態です。
PHASE 3:本当の「心理的安全性」がある関係性(本当の本音が交わされる)
私たちが本当に目指したい最終形です。ここでは、意見の違いや激しい対立が起きても、関係性が壊れることはありません。なぜなら、メンバー全員が「未来の可能性というパーパス(目的)」を絶対に離さないという強い信頼で結ばれているからです。
- カヘンのモデルで言うと… お互いのエゴを超えて「内省的な対話」から「生成的な対話」へと向かう領域です。ここではじめて、過去の延長線上にはない本質的なイノベーションや共創が生まれます。
3. 「対立」を恐れず、グラデーションのように包み込んでいく
PHASE 2の「優しいだけの関係」から、PHASE 3の「本当の本音が交わされる関係」へシフトするためには、避けて通れないプロセスがあります。それが、一時的な意見のぶつかり合い、つまりアダム・カヘンの言う「討論(Debate)」のステップです。
「対立=関係性の破壊」だと思っているうちは、PHASE 2から抜け出せません。
「この対立は、私たちがより良い未来(パーパス)を共に創るためのプロセスである」
そう全員が信じ合える土壌があって初めて、対立は変容のエネルギーへと昇華されます。それが、信頼関係に裏打ちされた「真の心理的安全性」です。
PHASE 3の関係性は、PHASE 1の厳しさやPHASE 2の優しさを否定して切り捨てるのではなく、それらすべてを「土壌」として、グラデーションのように包み込みながらアップデートしていった先にあります。
問いとして
いま、あなたのチームや組織はどのPHASEにいるでしょうか? そして、次のグラデーションへと一歩進むために、今どんな問いや本音を分かち合う必要があるでしょうか。
表面的な心地よさを超え、システム全体が命を持って動き出すような「生成的な対話」が生まれる土壌を、共に耕していきましょう。



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