私はこれまで、多くの対話の場に立ち会ってきました。
その中で、一つ大切にしていることがあります。
それは、「私は」を主語にして話すことです。
議論がかみ合わなくなる場面では、「本来こうあるべきだ」「普通はこうだ」「みんなそう思っている」という言葉がよく出てきます。
その瞬間、話し合いは「正しさ」を競う場になってしまいます。
一方で、「私はこう思う」「私はこう受け取った」と話す人がいると、場の空気が少し変わります。それは正解を押し付ける言葉ではなく、一人の人の体験として語られるからです。
体験には賛成も反対もできますが、「そんな体験は間違っている」と、否定することは誰にもできません。
だからこそ、「私は」を主語にすると、自分とは異なる考えを持つ人も受け止めやすくなります。
ファシリテーターは、参加者の意見を一つにまとめる人ではありません。それぞれが安心して「私はこう考える」と話せる場をつくる人です。
そして、一人ひとりの「私は」が並んだとき、初めて共通点や違いが見えてきます。
違いをなくすことが目的ではありません。違いがあることを認めた上で、お互いを理解しようとすることが対話の始まりなのだと思います。
自分の考えを正しさとして語るのではなく、自分がどう受け取り、何を感じたのかを大切にしながら、これからも「私は」を主語にした場を作っていきたいと思います。
その積み重ねが、人と人との関係を少しずつ豊かにしていくと信じています。



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