「主体性はあるじゃないか。」― 言葉の定義が違うと、対話はすれ違う ―

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以前、ある在宅医療法人でコミュニケーション研修を担当したときのことです。

院長先生の考える課題は、「看護師たちに主体性がない」でした。

ところが、複数のナースステーション研修で看護師さんたちの話を聴くと、こんな声がありました。

「空き時間に病院へ営業に行ってと言われます。でも、私たちは看護師です。営業をするために看護師になったわけではありません。しかも、営業と言われても、どうすればいいかわかりません」

一方で、こんな話もしてくれました。

「在宅医療に転職して本当によかったです。患者さん一人ひとりとじっくり向き合い、その人の人生に寄り添える。こんなにやりがいのある仕事はありません。」

私は、その言葉を聞いて思いました。

「主体性はあるじゃないか。」

患者さんのためにもっと良い看護をしたいという強い思い。それは紛れもなく主体性です。 では、なぜ院長先生は「主体性がない」と感じたのでしょうか。 院長先生は、「経営と組織」を見ていました。 看護師さんたちは、「患者さん」を見ていました。

さらに、「主体性」という言葉の意味も、それぞれ違っていたのです。 コミュニケーションの問題は、価値観の違いだと思われがちです。 でも実際には、「言葉の定義」と「視点の持ち方」が少しずれているだけ、ということが少なくありません。

だから私は、対話では二つのことを大切にしています。 一つは、自分のベクトルを相手へ向けること。 もう一つは、「あなたにとって、その言葉はどういう意味ですか?」と、言葉の定義を確かめること。

相手が見ている景色を見に行く。
それが、対話の始まりなのだと思います。

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