20年以上前、日本でドラムサークルという非言語ワークショップを始めた頃のことです。
たった一人で「ドラムサークルとは何なのか?」「何の役に立つのか?」を考えていました。
私にとってドラムサークルは、音楽を演奏することが目的ではありません。コミュニケーションや関係性、多様性をそのままに、調和を目指す方法。そこで生まれる「音楽」は、いわば副産物です。
そして、調和が生まれたとき、ファシリテーターには、することがありません。
問題は、「今、調和している」と、どうやって見極めるか?
試行錯誤する中で、私は自分の身体に起こる二つの変化に気づきました。
(1) 私の身体が、勝手に踊り出す。
(2) 急に、とてつもなく眠くなる。
頭で「今、調和しています」と判断しているわけではありません。身体が先に反応するのです。
海外のドラムサークルファシリテーターの中には、「口の中の味が変わる」と話す人もいました。聴覚障がいがあるのに、見事なファシリテーションをする人も。
同じ「調和」を、身体は人によって違う形でキャッチするのかもしれません。
さらに、こんなことがありました。
ある保育園で、子どもたち、保護者、職員とドラムサークルを行った時のことです。
私はいつものように、場を観察しながら、「○○が起こったから、次は○○を試してみよう」と考えています。ところが、そのセッションでは、自分でも「なぜだかわからないけれど、これをやった」という場面がありました。
終了後のお茶会で、あるお母さんが、「先生、あの時○○されたでしょう? あれ、すごく楽しかったです!」と言ってくれました。
参加者はドラムサークルのファシリテーション技法を知りません。「このタイミングで、こうしてほしい」と考えていたわけでもありません。
それなのに、私はそれをやった。
そして、参加者は「それがよかった」と感じていた。
これは、何だったのでしょう?
最近、私は「知らないけど、知っている」という言葉が浮かびます。
参加者は、ファシリテーションについては知らない。でも、その場で何が心地よいのか、何が楽しいのかを、身体では知っていたのかもしれない。
一方、私は20年以上の経験を通して、たくさんのことを身体に蓄積してきた。でも、「なぜその瞬間にそれをやったの?」と聞かれても、説明できない。
知っているけど、知らない。
もしかすると、暗黙知は熟練者だけが持っているものではないのかもしれません。
私たちは、知らないことについても、何かを知っている。
そして、その「知らないけど、知っている」と「知っているけど、知らない」の間に、言葉を置いてみる。さらに、「知らないからこそ、知っている」という世界もあるのかもしれません。
すると、今まで見えなかったものが、少しだけ見えてくる。
……さて、これはいったい何なんでしょう?
私にも、まだわかりません。
◉ 暗黙知探求フォーラム2027は、2027年2月23日開催です!
◉ 暗黙知探求フォーラム2027 プレイベント続々開催中!
8月2日 vol.0 「身体知と暗黙知を探求する日」ゲスト:本間正人氏、方条遼雨氏
9月26日 vol.2 「みんな違ってくれないと困る!」〜ドラムサークルで探る、チームと身体の暗黙知
10月24日 vol.3 「熊マタギの知恵〜野生から学ぶ身体」 ゲスト:江花一実氏
11月 vol.4 「笑いとゆるみとファシリテーション」



コメント