暗黙知探究フォーラム2027に向けて(7)〜知らない

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20年以上前、日本でドラムサークルという非言語ワークショップを始めた頃のことです。

たった一人で「ドラムサークルとは何なのか?」「何の役に立つのか?」を考えていました。

私にとってドラムサークルは、音楽を演奏することが目的ではありません。コミュニケーションや関係性、多様性をそのままに、調和を目指す方法。そこで生まれる「音楽」は、いわば副産物です。

そして、調和が生まれたとき、ファシリテーターには、することがありません

問題は、「今、調和している」と、どうやって見極めるか?

試行錯誤する中で、私は自分の身体に起こる二つの変化に気づきました。

(1) 私の身体が、勝手に踊り出す。

(2) 急に、とてつもなく眠くなる。

頭で「今、調和しています」と判断しているわけではありません。身体が先に反応するのです。

海外のドラムサークルファシリテーターの中には、「口の中の味が変わる」と話す人もいました。聴覚障がいがあるのに、見事なファシリテーションをする人も。

同じ「調和」を、身体は人によって違う形でキャッチするのかもしれません。

さらに、こんなことがありました。

ある保育園で、子どもたち、保護者、職員とドラムサークルを行った時のことです。

私はいつものように、場を観察しながら、「○○が起こったから、次は○○を試してみよう」と考えています。ところが、そのセッションでは、自分でも「なぜだかわからないけれど、これをやった」という場面がありました。

終了後のお茶会で、あるお母さんが、「先生、あの時○○されたでしょう? あれ、すごく楽しかったです!」と言ってくれました。

参加者はドラムサークルのファシリテーション技法を知りません。「このタイミングで、こうしてほしい」と考えていたわけでもありません。

それなのに、私はそれをやった。

そして、参加者は「それがよかった」と感じていた。

これは、何だったのでしょう?

最近、私は「知らないけど、知っている」という言葉が浮かびます。

参加者は、ファシリテーションについては知らない。でも、その場で何が心地よいのか、何が楽しいのかを、身体では知っていたのかもしれない。

一方、私は20年以上の経験を通して、たくさんのことを身体に蓄積してきた。でも、「なぜその瞬間にそれをやったの?」と聞かれても、説明できない。

知っているけど、知らない。

もしかすると、暗黙知は熟練者だけが持っているものではないのかもしれません。

私たちは、知らないことについても、何かを知っている。

そして、その「知らないけど、知っている」と「知っているけど、知らない」の間に、言葉を置いてみる。さらに、「知らないからこそ、知っている」という世界もあるのかもしれません。

すると、今まで見えなかったものが、少しだけ見えてくる。

……さて、これはいったい何なんでしょう?

私にも、まだわかりません。

◉ 暗黙知探求フォーラム2027は、2027年2月23日開催です!

◉ 暗黙知探求フォーラム2027 プレイベント続々開催中!

8月2日 vol.0 「身体知と暗黙知を探求する日」ゲスト:本間正人氏、方条遼雨氏

9月26日 vol.2 「みんな違ってくれないと困る!」〜ドラムサークルで探る、チームと身体の暗黙知

10月24日 vol.3 「熊マタギの知恵〜野生から学ぶ身体」 ゲスト:江花一実氏

11月 vol.4 「笑いとゆるみとファシリテーション」

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