先日、マタギの江花一実さんのお話を聴く機会がありました。「マタギ」とは秋田県他の呼び方で、江花さんが住む新潟県阿賀町では、「くまぶち(熊うち)」と呼ばれているそうです。
たいへん貴重で興味深いお話満載でしたが、私が特に興味を持ったのは、「言葉で表すのは難しいけれど・・・」と話してくださった、「五感と身体能力を極限まで磨いている」「撃つ*瞬間にはゾーンに入る」という内容でした。
*江花さんは「撃つ」という表現は好まないようです。”くまぶち”さんたちは「山の恵みをいただく」という表現をします。
どちらもINTEGで長年探究してさまざまな企画をしてきた「場を読む」「身体性」「あり方」につながる内容です。
これまでに
・拙訳書『プロフェッショナル・ファシリテーター』に基づく「あり方」を磨くSIFワークショップ
・自然の中で一人で行う究極の内省、Being SOLO
その他、さまざまな体験を通じた学びの場を企画・運営してきました。
なぜ「身体性」や「あり方」に、そんなにこだわってきたのでしょうか?
江花さんは、「熊を撃つ時には、銃身の先が熊の胸にあたるくらいの距離で、と教わってきた。その瞬間、興奮でも恐怖でもなく、中立で静かな状態になる」とおっしゃいます。
SIFワークショップでも、自然の中の体験でも、極言すれば「自分の中の静かな場所をみつける」ということを行なっています。
“くまぶち”さんたちのように命がけの状況に私たちが直面することは稀ですが、現代社会で私たちが能力を失ってきたという事実は、じわじわと私たちを追い詰めているのかもしれません。
日本語には「肚落ち」「虫の知らせ」「手当て」など、「身体感覚×直感」を表す言葉がたくさんあります。また日本には、「道」(武道や茶道など)や瞑想など、それを磨く古来からの方法も存在しています。
会議でも、職場でも、コミュニティでも、さらに災害時でも、こうした「智慧」が役立つ場面は少なくありません。
「自分の中の”静かな場所"を知っている」「それに再現性がある」という状態になってこそ、その瞬間瞬間に最良の選択と、それに基づく反応ができるのだと思います。


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