パーパス(人生の目的)を見失わない

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人生には、ときどき「自分のパーパス」を思い出させてくれる瞬間があります。先日、尊敬する同業者の友人であるファシリテーターのお見舞いに行ったときが、まさにそうでした。

その方は大きな病気を経験し、身体の一部を失うという厳しい現実に直面しました。想像するだけでも胸が痛くなるような出来事です。それでも、久しぶりに会った彼は驚くほど前向きでした。病状の話よりも、「これから何をやりたいか」「どんな場をつくりたいか」を、まるで未来がすぐそこに広がっているかのように、熱く語ってくれたのです。

還暦を過ぎ、これからの長いリハビリを目前にしてもなお、その情熱はまったく衰えていませんでした。むしろ、人生の限られた時間をより大切に感じているからこそ、言葉の一つひとつに強いエネルギーが宿っているようでした。

その姿を見て、私は改めて思いました。「人生の幸せとは、何も困難がないことではなく、”自分は何のために生きるのか”というパーパスを握り続けていることなのではないか」と。身体の状況や年齢が変わっても、その「芯」「志」がある人は前を向き続けることができる。だからこそ、周りの人にも力を与える存在になるのだと思います。

パーパスは単なるきれいな言葉ではありません。それは、自分を動かし続けるエネルギーの源泉です。そしてそれは、個人だけではなく、組織にとっても同じです。会社やチームもまた、「何のために存在するのか」という目的を握っているとき、迷いの中でも進む力を持つことができます。

友人の姿は、そんな大切なことを静かに、しかし力強く教えてくれました。

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